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戸山流居合道と奥居合の修行について

奥居合形を稽古するにあたり
奥居合形について、教本や他団体によるYouTube動画に紹介されている形と違う点があることに気付かれておられることでしょう。
そこで、奥居合形の稽古にあたり、次のことにご理解いただき稽古に励んで頂きたくお願いします。

1.戸山流居合道の起源
戸山流居合道は、現在の東京都新宿区にあった旧陸軍戸山学校における軍刀の実戦訓練を起源としています。戦後、その関係者によって武道(居合道)としての人間形成の修道へと発展し、今日に至っており、現在、北海道、神奈川県、京都に本部がある団体と、その枝分かれした複数の団体が戸山流を継承しています。

2.豊橋支部の創設と山下重次郎先生
豊橋市は、初代会長・山下重次郎先生が、戦後、流祖・山口勇喜先生による日本戸山流居合道連盟発足に呼応し、戸山流居合道の普及発展を目的として豊橋支部を立ち上げられたと聞いています。
また、山下重次郎先生は旧陸軍戸山学校時代、山口勇喜流祖と同じ助教として勤務し、同室で生活されていたことから、特に親しい関係にあったとも伝えられています。
小生は1984年、先達の紹介により日本戸山流居合道連盟豊橋支部に入門しました。二代目会長・山下剛昭先生をはじめ諸先生方から、居合剣法や形の手ほどきを受けました。

3.形統一と全国大会の思い出
1995年には、自衛隊松本駐屯地で開催された戸山流居合道全国大会に参加しました。対戦相手と形の正確さを競う中で、各支部によって形に多少の違いがあることに気付きました。どうやら各団体の指導者によって形が統一されていなかったようです。

4.本部との形の統一に関する経緯
大会後、宗家・山口勇喜先生が来訪され、本部指導の形に統一していくこととなりました。その際、山口宗家は、「これまでの豊橋の形が間違っているわけではない。しかし、基礎居合形については統一してほしい。奥居合形については、これまでどおりでよい」と話されました。
当時の豊橋支部は三代目・村井会長に代がかわっており、この申し入れを受けて、従来の形と本部指導の形を並行して稽古することになりました。
その後、四代目・伊藤会長の時代となり、本部講習会への参加を重ねる中で、北海道で開催される全国大会への出場も視野に入れ、本部指導の形を中心に稽古するようになりました。
しかし、奥居合形については、あえて初代山下会長から伝えられた形を継承しました。他支部との合同稽古や全国大会においても、その成果を発表してきましたが、実戦居合としての特色が色濃く表れているとの評価を受け、大変好評でした。そのことは大きな自信となり、さらなる稽古への励みとなりました。

5.武道としての精神修養
理業一致とはいえ、明確な書伝や詳細な解説書が存在するわけではなく、稽古は指導者からの口伝による部分が多くなります。そのため、指導者ごとに多少の違いが生じるのは当然のことでしょう。
また、戸山流居合道のルーツである旧陸軍戸山学校の実戦刀法そのものは、現代社会において直接必要とされるものではありません。むしろ、武道として人間形成や精神修養に価値が見出されているのです。
形、すなわち技を身に付けること自体に大きな意味があるのではなく、その習得に至る過程の稽古にこそ価値があります。そして、流儀の理念や理想を日々実践することが何より大切であると小生は考えています。

6.むすび
奥居合形を稽古するにあたっては、戸山流居合の理念を理解し、理業一致のもと技の研鑽に励んでいただきたいと思います。 「心の奥の奥居合、心なくして奥はなし」
奥居合とは、自らの邪念や邪欲を断つための修行であることを忘れてはなりません。
その究極は奥義とされる「鞘の内」であり、「無念夢想」の境地です。これは仏教における禅の修行とも通じるものがあります。
居合道は、日本古来より受け継がれてきた伝統文化であり武道です。そこには日本人としての考え方や所作を学ぶ機会があります。私たちは日本人としての誇りを持ち、日々精進を重ねていきたいものです。

2026.6.15 川原義之